形成外科医が手術所見から考えた
注入後しこりの病態仮説と治療戦略

― なぜ「ヒアルロン酸を溶かすだけ」では改善しない症例があるのか ―
美容医療の普及に伴い、ヒアルロン酸、FGF添加PRP、コラーゲンブースター(Juvelook、Rejuranなど)による治療後に、「しこり」「硬さ」「笑うと膨らむ」「違和感がある」といったご相談が年々増えています。
現在では、ヒアルロン酸による合併症に対するヒアルロニダーゼの使用は標準的な治療として広く行われています。しかし実臨床では、十分量のヒアルロニダーゼを使用しても改善が乏しい症例を経験することがあります。
では、そのような症例では何が起こっているのでしょうか。
形成外科医として修正手術を数多く経験してきた中で、私自身が実際に目にした病態と、近年報告されている病理学・画像診断の知見を照らし合わせながら、現在当院で考えている病態と治療戦略についてご紹介します。
注入後しこりは「残存ヒアルロン酸」だけでは説明できない
近年のレビューでは、フィラー後の遅発性結節(Delayed-onset nodules)は、単純な残存製剤だけではなく、
など、複数の病態が関与することが報告されています。
実際には、患者様ごとにこれらの割合が異なり、「しこり」と一言で表現される病態は決して一様ではありません。
(Hong GW et al. Diagnostics. 2024/Lee JM et al. Facial Plastic Surgery. 2015)
手術中に見えてきた「教科書には書かれていない病態」
私がこの病態について考え始めたきっかけは、論文ではなく手術でした。
ヒアルロン酸を溶かしたはずなのに、切開すると液体が流れ出る
フェイスリフトや表ハムラ法などの修正手術を行った際、「他院でヒアルロン酸はすべて溶かした」と説明を受けていた患者様でも、皮膚を切開した瞬間に黄色調の液体が病変部から流出する症例を繰り返し経験しました。
ヒアルロン酸製剤自体は透明です。
したがって、この液体は注入したヒアルロン酸そのものではなく、慢性炎症に伴う滲出液やリンパ液を主体とする液体成分である可能性が考えられました。
もちろん、その場で液体成分を生化学的に解析したわけではないため断定はできません。しかし、この所見は複数症例で共通して認められました。
ヒアルロニダーゼ投与直後にも同様の所見を経験した
同様に、ヒアルロニダーゼ注射直後、針穴から黄色調の液体が自然に排出された症例も経験しています。
これも注入した薬剤ではなく、病変内部に貯留していた液体成分が排出された可能性を示唆する所見と考えています。
この経験から、症例によっては液体成分も病態の一部となっている可能性を意識するようになりました。

治療の様子。複数箇所針で穿刺して貯留液を排出
摘出した病変は「ヒアルロン酸の塊」ではなかった
最も印象的だったのは、摘出標本の所見です。
実際に摘出した病変は、多くの患者様が想像するような「ヒアルロン酸の塊」ではありませんでした。
非常に硬い腫瘤の内部には、まるで硬い筋子のように密な線維組織が網目状に広がり、その中へ小さな脂肪細胞が蜂の巣状に閉じ込められていました。
さらに、新生血管が豊富に入り込み、病変は皮膚、皮下脂肪、SMAS、表情筋などへ強固に癒着していました。
形成外科では、このような組織を**瘢痕組織(scar tissue)**として捉えます。
この所見は、異物肉芽腫や慢性炎症、線維化について報告した病理学的研究とも概ね一致しています。
そこから考えた現在の病態仮説
これらの経験から、私は注入後しこりを次のように考えるようになりました。
病変は一つではなく、
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残存注入物
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瘢痕組織
-
線維化
-
慢性炎症
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新生血管
-
液体成分
が、それぞれ異なる割合で混在している。
つまり、「ヒアルロン酸を溶かす」という一つの治療だけでは改善しない症例が存在しても不思議ではないということです。
注入後の遅発性結節の症例報告が近年され始めてはいますが、もちろん、この考え方は現時点で確立された病態分類ではありません。
しかし、形成外科医としての手術所見と、近年報告されている病理学的知見を照らし合わせると、臨床的には十分説明可能な病態であると考えています。
現在の当院での治療戦略
このような考えから、当院では「しこり」という診断だけで治療を始めることはありません。
まず超音波(エコー)検査を行い、
を可能な限り評価します。
必要に応じてMRIも併用し、病態を把握したうえで治療方針を決定しています。(MRI検査はお近くにメディカルスキャニングに検査依頼をしています。)
残存ヒアルロン酸が主体と考えられる場合にはヒアルロニダーゼを中心に治療を行います。
一方で、画像診断や臨床所見から液体成分の関与が示唆される症例では、液体成分の排出を目的とした処置を適宜併用しています。過去にはMRI画像で多発性に液体貯留を認めて排出治療を行ったケースもあります。
また、線維化が主体である場合には、高周波治療や手術を含めた別のアプローチを検討します。
つまり、「同じしこりでも、中身が違えば治療も変わる」という考え方です。
当院で経験した症例
印象的だった患者様の一人は、他院でヒアルロニダーゼを約10回施行されても膨らみが改善せず、「もう治らないかもしれない」と当院を受診されました。
超音波検査で病態を評価したうえで、ヒアルロニダーゼによる溶解に加え、病態に応じた処置を組み合わせながら治療を行ったところ、治療前後の写真でも明らかな改善を確認することができました。
もちろん、これは一症例であり、すべての患者様で同様の結果が得られることを示すものではありません。
また、この経験のみをもって特定の治療法の有効性を証明するものでもありません。
しかし当院では、病態評価を行い、液体成分や線維化の程度を考慮した治療戦略を取り入れるようになってから、ヒアルロニダーゼ単独で対応していた時期と比較して、より良好な治療経過を経験する症例が増えているという印象を持っています。
今後は症例を蓄積し、客観的な評価を行うことも重要であると考えています。
形成外科医だからこそ見える病態がある
形成外科医の強みは、皮膚の表面を診るだけではありません。
実際に切開し、病変を摘出し、その組織構造を直接観察してきた経験があります。
教科書や論文から得られる知識は非常に重要です。
一方で、実際の手術所見から得られる気づきが、新たな病態の理解や治療戦略につながることも少なくありません。
私が現在行っているしこり治療は、「揉み出し」という一つの手技を提供したいわけではありません。
大切なのは、病変の中で何が起きているのかをできる限り正しく理解し、その病態に合わせて治療を選択することです。
参考文献
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Hong GW, et al. Review of the Adverse Effects Associated with Dermal Filler Treatments: Part I—Nodules, Granuloma, and Migration. Diagnostics. 2024.
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Lee JM, et al. Foreign Body Granulomas after the Use of Dermal Fillers. Facial Plastic Surgery. 2015.
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Snozzi P, et al. Complication Management following Rejuvenation Procedures with Hyaluronic Acid Fillers: An Algorithm-based Approach. Plastic and Reconstructive Surgery Global Open. 2018.
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Huh S, et al. Ultrasonographic Features of Complications Associated with Injectable Fillers in the Cervicofacial Region. Journal of the Korean Society of Radiology. 2017.